アニメ監督は人の時間を預かる仕事
――映画『ハケンアニメ!』を原作者としてご覧になっていかがでしたか?
辻村 素晴らしかったです。原作者として私が映像化に一番望むのは、原作をそのまま再現してもらうことより、「原作のその先を見せてほしい」ということの方なんです。映画『ハケンアニメ!』は私が書いた話であるはずなのに、それでも続きが気になる。また、登場人物たちはこのシーン、こんなトーンで、こういう表情だったんだというような気づきがたくさんあって、「こんな幸せなことをしてもらっていいのかな」という気持ちでした。
――辻村先生が書かれたお話なのに新鮮な気持ちでご覧になった訳ですね。
辻村 みんなの知っている吉岡里帆さんのはずが、開始2分ぐらいで「あ、瞳だ!」(※劇中で吉岡が演じる斎藤瞳監督)と思えたんですね。私が書いた瞳監督そのものだし、美術やセットも「ああ、これは私の描いた瞳の部屋だ」「トウケイ動画ってこういうところなんだよな」とものすごくしっくりきて。アニメ業界の再現度を見ても、原作を読んだ上で、それぞれの登場人物がどういう生活感の中で暮らしているのかというところまで、スタッフさんが丁寧に読み取ってくれたのだなと。
――原作も読ませていただいたのですが、本の中でも映画でも幾つも号泣ポイントがありました。
辻村 私も号泣でした。特にラストシーンが素晴らしい。映画の中のみんなと一緒に1クール一緒に過ごしている感覚になるので、観終わった後は、何かプールの後の子どもみたいな、頭に酸素が足りなくなっている感覚がありました(笑)。原作で書いていたのは群像劇ですが、今回、瞳を主人公にして焦点を絞ってくださったおかげで、彼女自身の成長を強く感じることができました。コミュニケーションを取るのが決して上手ではない子が、誰に対してどういう言葉を使うか、こう伝えれば良いんだと相手を理解しながら成長していく姿が良かったです。
――本作で「アニメの監督はこういうお仕事なんだ」と知る人も多いと思います。
辻村 私も、小説で書くまでは、何も知らなかったんです。たとえば、監督はアニメの世界で一番偉くて王様みたいな存在なんだろうと思っていたら、実はそんなことはまったくなかったり。監督は、基本は誰かに何かをお願いしないと進まない仕事だし、自分の頭の中にある世界を実現するために、人の時間を預かる仕事なんですよね。監督もスタッフの一人であって、関係が上とか下とかそういうことではないんだということも取材を重ねる中で理解できるようになってきました。作品にもよりますが、アニメは興行規模も大きな世界で、華やかに見える部分も多い。だけど、それを作っているのはあくまで普通の人で、その人たちが制作過程でそれぞれクリエイターの顔になっていくところがかっこいいですよね。
――ラストシーンも素晴らしかったですね。
辻村 小説は一人で作る物語の現場ですけど、集団でモノ作りをするということに惹かれたのが、アニメ業界の小説を書いたきっかけのひとつでした。そして、映画を観たことで「あ、私はこれが描きたかったんだな」と改めて気付いたこともあって。それは、「人にとって物語とは何なのか、それによる救いとは何なのか」ということ。それって、視聴率や売り上げとは別のところにある、すごく個人的なことだと思うのですが、映画ではそここそをとても大事にしてくれた。何が覇権なのか、というのが数字や話題性を超えた、あくまで個人の胸に刺さったかどうかであるということを、監督が深く理解してくださっていたから、あのラストシーンになったのだろうとグッときました。