ますます自己分析力が問われてくる

──『雌伏三十年』を若い人たちにはどのように読んでもらいたいですか?

マキタスポーツ 今の若い人たちって頭がいいなと感じるんですよ。やり方が非常にスマート。リスクを避けるのも上手だなと感心します。無理して身の丈に合わないことをしたり、余計な見栄を張って失敗するくらいなら、最初から何のアクションも起こさない。そんな現代の若者がこの『雌伏三十年』を読んだら、「こいつバカじゃねぇの? 何やってるんだよ」ってイライラすると思うし、下手したら本もブン投げてしまうかもしれません。

──主人公の臼井圭次郎は、徹底して要領が悪いタイプですからね。

マキタスポーツ でも時代とかは関係なく、人間って必ず自意識を抱えているものだと思うんです。「自分はこうなりたい」という夢、目標、欲望、煩悩……。なりたい人物像のイメージが強ければ強いほど、失敗する可能性は高くなるものですし。だから若い人はこの本を読み、笑い飛ばしながら反面教師にしていただければ幸いです。結局、主人公の臼井圭次郎は度が過ぎるほどのドジなんですよ。同じ過ちをず~っと繰り返している。ではこの場合のドジとはどういうことかと言うと、周りが見えない状態のこと。要は主観が強すぎるんですよね。若さって、ともすると視野が狭くなりがちなので。

──この本の主題にもなっている「自意識」ということに関して言うと、今はSNSで誰でも発信できる時代になっています。

マキタスポーツ そうなんですよね。一億総表現者時代と言ってもいい。評価軸が「いいね!」の数なのかバズリの程度なのかはさておき、承認欲求や表現欲求を満たすことは容易になっていますから。でも、こうなるとますます自己分析力が問われてくるんですよ。「あれもやりたい。これもやりたい。でも、何もできていない」という臼井圭次郎みたいな奴になってしまう恐れがあるので。

──マキタスポーツさんの場合は遅咲きで苦労も経験してきたからこそ、いろんなことに気づいたという面もあるはずです。

マキタスポーツ ブルーリボン賞新人賞をもらうまでの僕は、全部を自分でやってきたんだという自負があったんですよ。だけど面白いことに、役者の評価って他人が決めるんですよね。全部が通信簿みたいな感じなんです。だから40歳を過ぎて、ようやく俺は気づきました。「そうか。全部を自分でこじ開けようとしても無理なんだな。外の評価を受け入れていくしかないんだな」と。これは自分にとって大きな心境的変化でしたね。だからSNSに没頭する今の若い人が「人から評価されたい」「他人と繋がりたい」と躍起になっているのも理解できる部分はあるんですよ。