芽が出ない時代は地元の友達と自分を比較してしまった

――ここからはキャリアについてお伺いします。役者を目指そうと思ったきっかけを教えてください。

玉木 中学・高校のときはテレビが大好きで、逆に映画はほとんど観たことがありませんでした。14歳のときに「若者のすべて」という青春群像劇のドラマが放送されていたんです。それを観たときに、「自分は将来、何になるんだろう?」と考えて、すぐにアクションを起こしました。今とは別の事務所のオーディションを受けたのですが、いい結果が出ず、「どうしようかな……」と思っていたら16歳のときに、今の事務所にスカウトしていただきました。

――中学生で自らアクションを起こすってすごいですね。

玉木 早いと言えば早いですが、当時はオーディション雑誌がたくさんあったので、それを見て応募しました。

――オーディションを受けた時点で、明確に俳優を目指されていたんですか?

玉木 当時は有名になりたい、テレビに出たいという、漠然としたことしか考えていなかったです。事務所に所属してからは何となく道は決められていたので、自然と俳優をやることになりました。

――もともと人前に出るのは好きだったんですか?

玉木 目立つことをやりたいという気持ちはずっとありました。

――漠然と有名になりたいという気持ちで芸能界に入って、お芝居は、自分の中ですぐ合っているなと感じたんですか?

玉木 全然感じていなかったです。もっと簡単にできるものだと想像していましたから。ドラマや映画を作る大変さが分かっていなかったんです。何度も何度も同じことをやって、こんなにも時間がかかるものなのかと。さらにダメ出しばかりで、自分がいいと思っていてやっていることが、全く周りに伝わっていない。どう演技と向き合っていいのか分からなかったですね。

――高校卒業と当時に上京して、本格的な俳優活動を開始されますが、大きな役をもらうまで腐ることはなかったですか?

玉木 ありました。事務所に入って上京したとはいえ、仕事がある訳ではないので、「バイトばかりしていて、何しに上京したんだろう」と落ち込んで、地元の友達と比較してしまいました。友達は働いて、固定給、ボーナスをもらって、すごく安定している。安定することがいいなと思ったときに、ちょっと気持ちがぐらついたこともありました。

――そうやって壁にぶつかったとき、どのようにモチベーションを保っていたのでしょうか?

玉木 そこはもともと持っていた目立ちたがりという精神、負けず嫌いというところで保っていました。地元に帰るという選択肢は全く無かったので、そこで何とか奮い立たせていたような気はします。

――都会の生活にはすぐ馴染めたんですか?

玉木 正直、そんなに馴染めてなかったと思います。今でも人が多いところは、あまり好きではないです。上京当時は知り合いもいなかったので、友達はどうやって作るのかなとか、孤独を感じることが多かったです。