フィギュアスケートと芸能活動の二者択一に迫られる

――キャリアについてお伺いします。小芝さんは小学3年生から始めたフィギュアスケートに打ち込んでいて、この世界に入るまで続けていたそうですが、どうして俳優になろうと思ったのでしょうか?

小芝 芸能界にすごく興味があったとかではないんですけど、浅田真央さんがCMでスケートを滑っている姿を見て、姉に「きれいな衣装を着て滑るのって素敵。こんなCMに出てみたい」と何気なく言ったのがきっかけです。それで姉がオーディション雑誌を買ってきてくれて、たまたまオスカーのオーディション「ガールズオーディション2011」を見つけて、「絶対に書類審査で落ちるだろうけど出してみよう」みたいな軽い気持ちで応募しました。

――もともと人前で何かするのは好きな方だったんですか?

小芝 苦手でした。フィギュアも通算5年間習っていて、最後の方は試合でも笑顔で滑れるようになったんですけど、最初の方は緊張でガタガタ震えていました。試合でも客席の方を見られないほど緊張していたので、ずっと下を見て滑っていました。同じリンクで髙橋大輔選手が練習されていたときにテレビカメラが入っていて、他の子は映りたがっているのに、私だけ一人で「恥ずかしい!映りたくない!」って逃げ回っていました。あの頃から考えると、こうやって人前でしゃべれるようになるなんて、思いもよらなかったですね。

――「ガールズオーディション2011」でグランプリを受賞しますが、芸能界入りするか、フィギュアスケートを続けるかで葛藤はありましたか?

小芝 ありました。正直、最初はフィギュアを辞めなきゃいけないと思っていなかったんです。アイスダンスという競技もやっていて「そちらは続けられるかな」と母と話していたんですけど、オーディションの1カ月後ぐらいに上京することになり、ダンス、歌、お芝居、イントネーションを直すレッスンなど週6日くらい入っていて、どちらもはできないなと。当時は中学2年生だったんですけど、体型の変化でどんどん跳べなくなる子もいれば、小さい頃は結果を残せなかったのに急に伸びる子もいます。ちょうど、その分かれ目の時期でもあって、私は器用なタイプじゃないので、余計に両方続けるのは難しいなと。だったらオーディションで大勢の中から選んでいただいたから頑張ってみようと芸能の方に行きました。

――もともとドラマや映画は好きだったんですか?

小芝 ほとんど見たことがなかったです。学校が終わったらすぐにスケートの練習で、帰宅したらお風呂に入って寝るみたいな生活だったので、学校の友達が「月9見た?」と話していても、「月9」というワードすら分からないぐらい疎かったですね。

――レッスンが始まってからも、戸惑うことは多かったですか?

小芝 最初の1週間は分からないことだらけで全部のレッスンで泣いていました(笑)。特にお芝居のレッスンは人がたくさんいますし、2人1組になってみんなの前で発表するという練習で、「こんなのできない!」って泣いていました。でも、事務所に所属して半年ぐらいでドラマに出させていただいたので、やらざるを得ないというか、日程も決まっているしやらなきゃいけない状況でした。

――初めての撮影現場はいかがでしたか?

小芝 めちゃめちゃ緊張しました。「カメラがこんなにあるんだ!」とか「大勢の中でセリフを喋るんだ」とか戸惑うことも多かったですし、お芝居も家で練習してきた通りにしかできなかったです。ただ、まだ15歳だったので、スタッフさんが可愛がってくれましたし、現場がすごく楽しくて、「もっと頑張りたい!」と思いました。すごく周りに恵まれていたなと思います。