初めて自分が熱中できたことがアイドルだった

――演技をしたいと思ったのはいつ頃ですか?

矢倉 小さい頃は看護師さんになりたかったのですが、血が苦手で怖くて無理だなと(笑)。それで3歳の頃、ドラマ「ナースのお仕事」の再放送を観てから、ずっと女優さんになりたいと思っていました。

――NMB48のオーディションに応募したのは中学生になってからですよね。

矢倉 14歳までは芸能界とは無縁でしたが、お母さんから「芸能界に入りたいなら、10代のうちに事務所に入っておかないと遅いよ」と言われたんです。それで中学2年生の終わり頃、「今の年齢が最後のチャンスだ」と思って、お母さんに背中を押してもらう形でオーディションを受けようと決心しました。それで初めてオーディション雑誌を買ったら、たまたま載っていたのがNMB48のオーディションでした。

――アイドルに興味はあったんですか?

矢倉 それほどなかったです。私自身、キャピキャピしている訳でも、キラキラしている訳でもないし、アイドルっぽくないなと思って悩んでいたら、お母さんが「練習としてオーディションを受けてみたら?」と言ってくれたんです。それで応募したら、運よく受からせていただいて、受かったからにはやってみようという意気込みで始めました。

――お母さんは矢倉さんのやりたいことに協力的だったんですね。

矢倉 お母さんは「やりたいならやりなさい」という姿勢で、否定されたことは一度もないです。

――未来のような反抗期はなかったんですか?

矢倉 なかったと思っていたんですが、昨年末、久しぶりに実家に帰ったとき、お母さんから「反抗期はあったよ」と言われました。自分では反抗しているつもりはなかったんですけど、NMB48で活動していた15歳の頃、SNSなどの発信や、公演・コンサートなどについて「もっとこうしたほうがいい」とお母さんに言われたことがあって。そのときの私はムスッとしていたみたいです(笑)。

――もともとお芝居をしたくて目指した芸能界ですが、歌とダンスはどうだったんですか?

矢倉 歌は友達とカラオケによく行くぐらい大好きだったのですが、ダンスは本当に初めてでダメダメでした。レッスンでも最後まで残されたり、後ろのほうで隠れたりしてダンスをしていました。ただ、それまで習い事をしても、途中で嫌になってダラダラ続けるといったことが多かったのですが、NMB48に入って初めて自分から「やるぞ!成功するぞ!」という意地が生まれて。だからこそ諦めずに続けられたんだと思います。初めて自分が熱中できたことがアイドルだったのかもしれません。